「新選組」唯一の生き残りは、なぜJR板橋駅前に石塔を建てたのか?(アーバン ライフ メトロ)

出典元:アーバン ライフ メトロ

JR埼京線板橋駅のすぐそば、北区滝野川に、「近藤勇宣昌、土方歳三義豊之墓」と刻まれた大きな供養碑があります。

【画像】「新選組」唯一の生き残り、貴重な遺品(2点)

 建立したのはご存じ、新選組創立メンバー唯一の生き残りの永倉新八(ながくら しんぱち)です。老境の新八はどのような思いでここに碑を建てたのでしょうか。

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 新八が近藤、土方と意見を異にして新選組を離れたのは、戊辰戦争が起きて2か月後の1868(慶応4)年3月。新八は靖兵隊(せいへいたい)を組織して二十数人とともに戦火の奥羽(おうう、現在の東北地方)へ赴き、新政府軍と戦います。

 だが敗れて散り散りになり、実家の江戸下谷(したや、現在の台東区の町名)の松前藩長屋に戻ります。

 新選組の隊士のほとんどは農民出ですが、新八は松前藩江戸定府取次役150石取りの藩士の息子で、れっきとした武士でした。

 その新八を、新政府方がつけ狙います。

 同年9月、明治と改元。松前藩江戸家老の下国東七郎は追われる身の新八を心配し、こう持ち掛けます。

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