ミュージカルの話をしよう 第7回 井上芳雄、僕はミュージカルがすごく…好き(前編)(ステージナタリー)

出典元:ステージナタリー

生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

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このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第7回にはいよいよ、ミュージカル界の“プリンス”こと井上芳雄が登場。幼少期に劇団四季のミュージカル「キャッツ」を観て感銘を受け、小学生の頃からミュージカル俳優を志していた井上少年は、大学生で演出家・小池修一郎に見いだされ、ミュージカル「エリザベート」で華々しいデビューを飾る。昨年、デビュー20周年を迎えた井上はミュージカルへの深い愛を原動力に、とどまることなく舞台界の裾野を広げ、前へ前へ、上へ上へと周囲を引っ張り、今なお観客に新たな世界を見せてくれている。

このコラムではミュージカルの出会いや転機となった作品を中心にエピソードを紹介しているが、井上のミュージカルとの出会いやデビューの経緯はよく知られた話。そこで、前編では20年を振り返り、“ミュージカル俳優・井上芳雄”としての信念を、後編ではミュージカル俳優としての未来について語ってもらった。

取材・文 / 大滝知里

■ こまつ座との出会いで芝居への道筋が見えた
──井上さんはこの20年、ミュージカル俳優として第一線を走り続けていますが、デビューから今までをいくつかのターニングポイントで区切るとしたら、どのくらいに分かれると思いますか?

数えたことがないですけど(笑)、素人に毛が生えたくらいの大学生の僕が「エリザベート」(2000年)で、しかも役付きでプロとしてデビューさせてもらえたというのは大きなスタートでした。取材ではよく、「ミュージカルのほかに近年はストレートプレイへの挑戦もされて……」と言っていただくのですが、ストレートプレイを始めたのは実はデビューから2・3年目。以来、年に1・2本は出演しているので、自分としては並行してやってきた感覚があって。ただ、こまつ座との出会いは大きかったです。2007年の「ロマンス」で井上(ひさし)先生と出会って、自分なりのお芝居の道が見えてきたところがありましたから。また、ターニングポイントという意味ではWOWOWの「グリーン&ブラックス」など、ミュージカルにより親しんでもらうためにやらなきゃいけなかったことを始めた時期でしょうか。デビューから10年くらいで、ミュージカルをやっているだけではお客さんは増えないなと思って、チャンスがあれば「ミュージカル俳優なんです」と言いながら、いろいろなことをやらせてもらうようになりました。おかげで僕自身、活動の幅が広がりましたね。

──こまつ座では芝居について、どのようなひらめきがあったのですか?

2003年に「ハムレット」をやったときに、蜷川(幸雄)さんにすごく鍛えられて(笑)、「僕にはストレートプレイは無理だ」と思ったんです。変な話、演技の重要性は理解していたものの、ミュージカルへの熱量や情熱に対して、お芝居やセリフをどう言うかについては……正直、興味がなかったから(笑)。だから「できてない、下手くそ!」と蜷川さんにガツンと言われて、怖いし、当時は「僕はミュージカルをやればいいや」と思っていた。でもどこかに「どうにかしなきゃ」という気持ちもずっとあって。そんなときに井上先生の作品に出会ったんですが、井上先生の作品には音楽がたくさん入っていて、物語や題材も日本をテーマにしたもので、「これは日本のミュージカルだ、素晴らしい」と思ったんですね。自分の中で、お芝居と歌がいいところで融合した“ミュージカル”だと腑に落ちたんです。そこからお芝居もやっていきたいと思えるようになりました。

──観客としては2018年に上演された「1984」など、ストレートプレイでの井上さんの多面性を楽しませてもらっています。

まあ、ストレートプレイでは変な役をやることが多いですけどね(笑)。

■ 時代が動き、意識が変わる
──ストレートプレイや演技に苦手意識があるとおっしゃる反面、ミュージカル作品ではデビュー当時から帝国劇場など大きな舞台で堂々たる舞台姿を披露されてきました。若くして舞台を牽引することに、相当なプレッシャーがあったのではと思います。

ミュージカル「モーツァルト!」もそうですが、2008年初演のミュージカル「ウェディング・シンガー」やミュージカル「ルドルフ ザ・ラスト・キス」など、日生劇場や帝劇で主役・座長をやらせてもらい始めた頃は、プレッシャーもあって「成立させなきゃ」と気負っていたんです。お客さんが来なければ自分の責任ですし、それが見えやすかったから。でも、自分ががんばればすべてうまくいくわけではないと気付いて。「ウェディング・シンガー」は本当に素敵な作品で、僕自身喜んでやっていたんですけど、思うように作品がお客さんに浸透しなくて歯がゆかったんです。「これ以上何をしたらいいんだろう」という思いが二十代の僕にはあって。でも、僕さえ出ていれば劇場が1カ月満杯になるというわけでもないし、当時そんな人は氷川きよしさんくらいで、自分がそうなれるイメージもなかった。それよりはお客さんが、作品の面白さやキャストの組み合わせなどに興味を持って、劇場に来てくれたら良い。そうしているうちに世の中が変わってきて、帝劇の舞台でもダブル・トリプルキャスト上演が増え、良くも悪くも1人で作品を背負うことがなくなってきたんです。その後、ミュージカル映画を皮切りにミュージカルブームが来て、観劇人口がぶわっと増えた。自分がやってきたことと、知名度や認知度がいい感じに結びつき、さらに当時の時流が追い風となって、自分の意識も変わっていった感覚があります。

──プロデューサー的な視点をお持ちなんですね。

言ってみたらフリーランスと同じなので、主演した作品が赤字だと、次の舞台に声がかからないという危機感は常にあります。だから、たとえ作品がビジネスとして成立しなかったとしても、そこに得るものがなければならないなと。僕はけっこう、活動初期から公演の収益の仕組みなどを周囲の大人たちから教えてもらっていたので、「この公演ではどのくらいのお金がかかっているのか」と意識しながら一緒にやらせもらったという気持ちがあって。“現実”を知ることは苦しいことではありますが、これからはそういうことも知っておくべきだと思います。

──興業をシビアに見る一方で、出待ちで“プリンスロード”ができるほど、自分に対するファンの熱狂ぶりも日々、目の当たりにしているはずですが、その感覚は切り離して考えられるのでしょうか?

ファンの方たちの反応は、素直にうれしいです。でも冷静に「僕は何を求められているのか」と考えることもあるし、「どこまで対応できるだろうか」と現実的になったりする部分もあります。でも、僕も宝塚歌劇団の在団時代の天海祐希さんとか、好きな俳優を出待ちしていて、その人が出てきたときに「わあ! 舞台上と全然違う」っていうことを知る喜びもわかるので、できる限りファンの皆さんの気持ちには応えたい。せめぎ合いですね(笑)。

■ 僕はミュージカルがすごく…好き
──井上さんは2002年に日本初演された「モーツァルト!」で中川晃教さんとW主演を務めて以来、2014年の卒業公演までヴォルフガング・モーツァルト役を何度も演じられました。卒業の際に「次の世代に」という言葉をおっしゃっていたのが印象的でしたが、当時は三十代半ば。第一線で活躍しながら次世代への思いが芽生えていったのには、何かきっかけがあったのですか?

後輩をかわいがるというのは得意ではないんですけど、“受け継ぐ”という意識よりも「これは俺の役だ」と思わないようにしています。というのも、役柄ってある程度は年齢によって決まると思っていて。もちろん、森光子さんが「放浪記」をずっと演じられていたという素晴らしさを観ているので、その尊さは理解していますが、僕の場合は自分が役に固執してしまうことが怖いというか。「モーツァルト!」は人気の作品になったし、ヴォルフガングは大きな役だし、これを経験するのはどんな役者にとっても良いこと。僕が卒業することで、1人でもこれを経験できる人が増えたほうが良いと思ったんですよね。

──名実共にスターとしてデビューをされて、その後もおごらず、冷静に自分を判断する視点を持つのは難しそうですが。

僕はミュージカルがすごく……好きなんですよね(笑)。だから、ミュージカルが一番良い状態でやられていてほしい。自分もその状態でやりたいし、そう在りたい。そういう意味で、ミュージカルに出ているのに芝居ができていない自分は、ミュージカルやお客様に対して申し訳ないと思ったし、ミュージカルが好きだからこそ、次の世代のことを意識したのかもしれません。

■ デビュー10年、自分のためだけに走り続けるのは限界だった
──20年の間に、さまざまな人との出会いや環境の変化があったと思います。そういった出会いや変化によって、ご自身の意識がガラリと変わった瞬間はありましたか?

ありがたいことに20年間、舞台をずっとやり続けることができて。もちろんやりたくてやっているんですが、とはいえ、どうしても自分が枯渇していく感覚があったのが、10周年の三十代の頃。三十代って中身と外見のバランスが悪いというか、いろいろとわかってきたぶん、自分の至らなさもわかってしまって、苦しかったんですね。「何のためにやるの?」と言われたら、それは自分の夢だから。でも、お金も1人だとそんなにはいらないし(笑)、自分のためだけにやり続けるのは限界だと思っていたんです。そのタイミングで、もともと知り合いだった今の妻と改めて出会い、家庭と子供を持った。家族のためにがんばるという別の理由ができたときに、すごくやりやすくなったんですよね。

例えばバラエティ番組で、ミュージカル俳優だから「歌いながら登場してください」とリクエストされても、「あっ、僕はそういうの全然できないんです」とお断りしていたのが、そんなことしている場合じゃないなって、スラッとやれるようになっちゃった(笑)。“自分のため”だけじゃなくなったときに、やれることの幅も広がったんです。もちろん人気商売なので、不安はありましたが、(山崎)育三郎も結婚を公にしたり、子供の誕生を報告するミュージカル俳優も増えてきたりする中で、 “プライベートは見せないほうがいい”という暗黙の了解みたいなものが変わってきたんです。結果、家庭に仕事にと、さらに忙しくなっちゃって、今は時間が足りない(笑)。幸せな話ですけどね。

前編では井上のミュージカル俳優としての意識の変化を中心に語ってもらった。後編では盟友・堂本光一への思いや年齢を重ねていく先に井上が見据えるミュージカル、そして自身が感じるミュージカルの魅力をたっぷりと聞く。

□ プロフィール
1979年、福岡県出身。2000年、大学在学中にミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー。以後、さまざまな舞台で活躍し、多数の演劇賞に輝く。また、音楽番組出演やコンサートの開催、歌手活動のほか、テレビドラマやバラエティ番組にも出演し、活動の幅を広げている。主な出演作にミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」、「1984」、「陥没」、「十二番目の天使」、ミュージカル「シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ」など。WOWOW「オリジナルミュージカルコメディ 福田雄一×井上芳雄『グリーン&ブラックス』」に出演するほか、BS-TBS「美しい日本に出会う旅」ではナレーションを担当。パーソナリティを務めるTBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」が毎週日曜日に放送中。同番組のコンサート版で緊急事態宣言発出のため一部中止となった公演が、「『井上芳雄 by MYSELF』スペシャルライブ配信 20th Anniversary Festival! ~急遽生配信!裏切らない芳雄4時間フェス~」として5月8日にライブ配信される。6・7月に「首切り王子と愚かな女」、9月から11月にかけてミュージカル「ナイツ・テイル─騎士物語─」、2022年1月にミュージカル「リトルプリンス」への出演が控える。

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