他人の痛みがわかってこそ一人前になれる――下町人情と江戸っ子の心意気に涙する『唐茄子屋政談』とは(アーバン ライフ メトロ)

出典元:アーバン ライフ メトロ

江戸の頃、経済の中心は日本橋であり、武家屋敷は山の手でした。下町では多くの町人たちが精いっぱい生きており、たくさんの落語の舞台となりました。そこには人情があり助け合いがあり、お互いさまの社会が営まれていたようです。

【地図】作中に出てくる「達磨横丁」の位置を見る

 今回は、そんな下町情緒が今も息づく浅草が舞台の落語「唐茄子(とうなす。カボチャ)屋政談」の一席をお送りいたします。

※ ※ ※

 とある商家の若旦那・徳兵衛。仕事もせずに遊んでばかり。放蕩(ほうとう)ざんまいを繰り返す若旦那をどうするのか、親類一同で話し合いが行われた。若旦那を呼んで若旦那の言い分も聞いてみようとするが、当の若旦那は「あたしをここに呼ぶ理由なんてわかっていますよ。出ていきます。出ていけばよいんでしょう」。それを言われてしまえば何も言うことはない。若旦那は勘当となった。

「お天道さまと釜の飯はついてくる」と意気揚々と出てきた若旦那だが、それは商家の看板と金があったときの話。なじみの遊女にも振られ、親類や知り合いを頼っても断られた。食べることもできなくなり、フラフラと吾妻橋にたどり着いた。どうせ生きていても仕方がない。飛び込んで死のうと欄干に足をかけたとき、たまたま通りかかった叔父に助けられた。

 達磨(だるま)横丁の叔父の家に連れてこられ、何日かぶりに食事を口にした若旦那。叔父は「死のうとしているのがお前だったら止めるんじゃなかった」と言いながらも、この先まっとうに働くのなら置いてやろうと諭す。若旦那は「この恩は忘れません。何でも言うことを聞きます」と心を入れ替えることを約束。この日は布団でぐっすりと眠った。

 次の朝、叔父に起こされると早速「唐茄子を売って歩け」と言われる。箸より重いものを持ったことがない立場の若旦那、そんなみっともないまねはできないとちゅうちょするが、できないのなら出ていけと言われてしまう。仕方なく、てんびん棒を担いで外に出た。

 てんびん棒が重たくてフラフラする上に、唐茄子屋の売り声の声もでない。吾妻橋を渡り田原町に入ったときには、疲労困憊(こんぱい)で倒れてしまった。叔父の無慈悲な仕打ちでこんなことになってしまったと、思わず「人殺しぃぃい!」。声に驚いて町人たちが寄ってきた。事情を聴いた町人たちは「そりゃがんばって商いしなくちゃならねえな」と、手分けしてカボチャを拾って買ってくれた。

【広告】


コメントは受け付けていません。